妃殿下の首がスッテンコロコロカラカラカラと

深沢七郎が昭和35年に著した【風流夢譚】は、一夜の夢の如き不可思議な掌編ですが、


日本に左慾の革命が起きて天皇一族が惨殺されるという内容だったため。


大日本愛国党が抗議、党員であった17才の男が、この小説を発表した『中央公論』の嶋中社長宅に押し入り、


嶋中社長が不在であったため、妻に重症を負わせ、家政婦を殺してしまうという、“嶋中事件”が起きました。



《内容一部抜粋》


赤坂見附から三宅坂を通って、桜田門は開いていて、バスは皇居広場へ向って行った。


皇居広場は人の波で埋っているのだが、私のバスはその中をすーっと進んで行って、誰も轢きもしないで人の波のまん中へ行ったのだった。


そこには、おでん屋や、綿菓子屋や、お面屋の店が出ていて、風車屋がパァーパァーと竹のくだを吹いて風船を鳴らしている、


その横で皇太子殿下と美智子妃殿下が仰向けに寝かされていて、


いま、殺られるところなのである。


私が驚いたのは今、首を切ろうとしているそのヒトの振り上げているマサキリは、以前私が薪割りに使っていた見覚えのあるマサキリなのである。


私はマサカリは使ったことはなく、マサカリよりハバのせまいマサキリを使っていたので、あれは見覚えのあるマサキリなのだ。


(困るなァ、俺のマサキリで首など切ってはキタナクなって)と、私は思ってはいるが、とめようともしないのだ。


そうしてマサキリはさーっと振り下ろされて、皇太子殿下の首はスッテンコロコロと音がして、ずーッと向うまで転がっていった。


(あのマサキリは、もう、俺は使わないことにしよう、首など切ってしまって、キタナクて、捨てるのも勿体ないから、誰かにやってしまおう)


と思いながら私は眺めていた。私が変だと思うのは、首というものは骨と皮と肉と毛で出来ているのに、


スッテンコロコロと金属性の音がして転がるのを私は変だとも思わないで眺めているのはどうしたことだろう。


それに、(困る困る、俺のマサキリを使っては)と思っているのに、マサキリはまた振り上げられて、


こんどは美智子妃殿下の首がスッテンコロコロカラカラカラと金属性の音がして転がっていった。


首は人ゴミの中へ転がって行って見えなくなってしまって、


あとには首のない金襴の御守殿模様の着物を着た胴体が行儀よく寝ころんでいるのだ。