江戸川乱歩の芋虫
考えてみると、われながらこうも人間の気持が変わるものかと思うほど、ひどい変わり方であった。
はじめのほどは、世間知らずで、内気者で、文字どおり貞節な妻でしかなかった彼女が、
今では、外見はともあれ、心のうちには、身のけもよだつ情慾の鬼が巣を喰って、
哀れな片輪者(片輪者という言葉では不充分なほどの無惨な片輪者であった)の亭主を
かつては忠勇たる国家の干城であった人物を、何か彼女の情慾を満たすだけのために、
飼ってあるけだものででもあるように、或いは一種の道具ででもあるように、
思いなすほどに変わり果てているのだ。
(中略)
砲弾の破片のために、顔全体が見る影もなくそこなわれていた。
左の耳たぶはまるでとれてしまっていて、小さな黒い穴が、わずかにその痕跡を残しているにすぎず、
同じく左の口辺から頬の上を斜めに眼の下のところまで、縫い合わせたかような大きなひっつりができている。
右のこめかみから頭部にかけて、醜い傷痕が這い上がっている。
喉のところがグイとえぐったように窪んで、鼻も口も元の形をとどめてはいない。
そのまるでお化けみたいな顔面のうちで、わずかに完全なのは。周囲の醜さに引き換えて、
こればかりは無心の子供のそれのように、涼しくつぶらな両眼であったが、それが今、
パチパチといらだたしく瞬いているのであった。
※ひとの加虐性について辛辣に迫った、短編でございます。
「き××い」等、規制語で溢れた。おぞましくも美しく妖しい一遍です。