胎児よ 胎児よ 何故躍る
「……お兄さま。お兄さま。お兄さまお兄さまお兄さまお兄さまお兄さま。……モウ一度……今のお声を……聞かしてエ——ッ…………」
「……お兄さまお兄さまお兄さまお兄さまお兄さま……お隣りのお部屋に居らっしゃるお兄様……あたしです。妾です。
お兄様の許嫁だった……貴方
の未来の妻でした妾……あたしです。あたしです。どうぞ……どうぞ今のお声をモウ一度聞かして……
聞かして頂戴……聞かして……聞かしてエ——ッ……お兄様お兄様お兄様お兄様……おにいさまア——ッ……」
「……お兄さま……お兄さまお兄さまお兄さま。なぜ……なぜ返事をして下さらないのですか。あたしです、あたしです、あたしですあたしです。
お兄さまはお忘れになったのですか。妾ですよ。あたしですよ。お兄様の許嫁だった……妾……妾をお忘れになったのですか。
……妾はお兄様と御一緒になる前の晩に……結婚式を挙げる前の晩の真夜中に、お兄様のお手にかかって死んでしまったのです。
……それがチャント生き返って……お墓の中から生き返ってここに居るのですよ。幽霊でも何でもありませんよ……
お兄さまお兄さまお兄さまお兄さま。……ナゼ返事をして下さらないのですか……お兄様はあの時の事をお忘れになったのですか……」
「……お兄さまお兄さまお兄さま。何故《なぜ》、御返事をなさらないのですか。
妾がこんなに苦しんでいるのに……タッタ一言……タッタ一言……御返事を……」
「……タッタ一言……タッタ一言……御返事をして下されば……いいのです。
……そうすればこの病院のお医者様に、妾がキチガイでない事が……わかるのです。
そうして……お兄様も妾の声が、おわかりになるようになった事が、院長さんにわかって……御一緒に退院出来るのに………
お兄様お兄様お兄様お兄さま……何故……御返事をして下さらないのですか……」
「……妾の苦しみが、おわかりにならないのですか……毎日毎日……毎夜毎夜、こうしてお呼びしている声が、
お兄様のお耳に這入らないのですか……ああ……お兄様お兄様お兄様お兄様……
あんまりです、あんまりですあんまりです……あ……あ……あたしは……声がもう……」
「……お兄様お兄様お兄様お兄様……お兄様のお手にかかって死んだあたしです。そうして生き返っている妾です。
お兄様よりほかにお便りする方は一人もない可哀想な妹です。一人ポッチでここに居る……お兄様は妾をお忘れになったのですか……」
「お兄様もおんなじです。世界中にタッタ二人の妾たちがここに居るのです。
そうして他人からキチガイと思われて、この病院に離れ離れになって閉じ籠められているのです」
「お兄様が返事をして下されば……妾の云う事がホントの事になるのです。
妾を思い出して下されば、妾も……お兄様も、精神病患者でない事がわかるのです……
タッタ一言……タッタ一コト……御返事をして下されば……モヨコと……妾の名前を呼んで下されば……ああ……
お兄様お兄様お兄様お兄様お兄様……ああ……妾は、もう声が……眼が……眼が暗くなって……」
「お兄様お兄様お兄様お兄様お兄様。あんまりですあんまりですあんまりですあんまりですあんまりです……」
「……お兄さまお兄さまお兄さま。妾は貴方《あなた》のものです。貴方のものです。
早く……早く、お兄様の手に抱き取って……」
「……お兄さま……おにいさま……どうぞ……どうぞあたしを……助けて……助けて……ああ……」
………………私から、あなたへの
ささやかなラヴレターです……………………