ざとのぼう

hanoyshang2006-01-02

ビニールの靴のホックが外れ脱げてしまったのは学校からの帰り、


近道の為に寺の境内に入り込み高殿式のお堂の脇を通っている時である。


二歩靴下の儘で歩いてから其れに気付いた彼女が立ち止まり、


戻って靴を履きホックを留め直そうとしてしゃがんだ時に


お堂の縁の下の薄暗い空間が視界に入ってきた。


「お堂の下にはいざりが棲みついている」という母親の言葉を急に思い出し、


同時に白い杖を片手にもう片方の手には鈴を持ち腰から下が無く、


頭ばかりが異様に大きい白塗りの坊主という、


直接には金小僧の影響を受けた姿が彼女の脳裏に浮かび上がってくる。


其の坊主は彼女への躾の一方法として母親が話して聞かせた「早く寝ないとやって来る」


架空の存在であり母親は其のものを「ざとのぼう」と呼び彼女を必要以上に怖がらせた。


其れは只単に座頭が歩く為に使う白い棒の事なのであったが、


「ざとのぼう」という言葉の持つ響きや連想性は単なる棒から離れ


またいつしか「お堂の下のいざり」と結び付きひとつの妖怪とでも云うべき姿を


彼女に想像させまた現出させてしまうに充分であったのだ。



今九歳の彼女の近くに「ざとのぼう」と呼ばれるいざりが現れる。


いざりには下半身が無い訳では無くまた視力も有していて単に脚の悪い乞食で


あったのだが、移動する際には腕を使って這い廻るしか方法が無く其の姿を見て


彼女は眼の前の男が「ざとのぼう」である事に確信を抱き


恐怖の為に全く動けなくなってしまったのである。


別に彼女をどうこうする為にいざりは縁の下から出て来たのでは無かった。


今が午後の暑い時間帯を過ぎた頃であり、


また人気の少ない季節外れの寺が一層寂しくなる時間と時間の狭間であると確認し、


辺りに何かないかと散策しに出てきただけなのだ。逆にいざりの方が外界に入って来た瞬間、


眼の前に小さな女の子がしゃがんだ儘こちらをじっと見つめているのに気付いて驚いた。


其の時彼女は口を大きく開けて喉から外に出ない悲鳴を発し続けていたのだが


実際に先に声を上げたのはいざりの方であった。


其れは其のいざりが外見よりもずっと若いのではないかと思わせる高い声で


云わば鳥の如き悲鳴だったのだが


彼女にはそんな事はどうでも良くまた良く聞いている余裕も無く


其の直後に片方の靴を其の場に置いた儘立ち上がって走り始めていたのである。


いや靴など意識もしておらず只「ざとのぼう」から逃れるので精一杯だったのだ。


どの位走ったのか判らないが気が付くと辺りは寺では無くなっていて


家から逆に遠ざかった路地裏に彼女は居り


足の違和感に気付いて見下ろすと白い靴下が赤く染まっていたのである。

(【肉さらい】)



ああゆう風に、心や身体を動かすことが、


健康に良くないなんて、とても思えません。


ジェイムズ・ジョイス「ジアコモ・ジョイス」)




バカヤロウ!


恋愛シミュレーション」のキャラクターはなッ、プレイヤーからすれば、


全員、攻略すべき「敵」なんだよッ。