四次元の密林
昭和20年、××さんは、フィリピンのミンダナオ島の密林で、世にも恐ろしい体験をしたひとりである。
××さんは前線で食料が無くなり、作戦本部の兵舎迄食料を取りに行く為、
前線の土人小屋から出発して密林の中の近道を走り続けていた。
やがて、密林の中に野戦病院が見えたが、奇妙な事に病院の中には誰一人として姿が無い。
そして病院前の広場には、日本兵たちの屍躰が、あちこち、投げ出された様に無惨に転がっているだけだった。
しかも、野戦病院の奥の密林地帯は、原住民たちでさえ、恐怖に震え上がり、魔境と呼んでいる所だった。
××さんは勿論魔境の話は知っていたが、密林の中の川沿いの道を行けば、まず迷う事は無いと信じて、先へと進んだ。
やがて道はふたまたに分かれており、川の水音が聞こえる右側の道を進んで行った。
ところが、密林の道をどう歩いたのか。××さんは野戦病院の広場に戻って来てしまったのである。
今度は、密林のふたまたの道を左側に進んで行くと、いつの間にか病院の屍躰の場所へ逆戻りしてしまった。
三度、四度と××さんは何度も川の水音を確かめながら道を進み、或いは目印を付けながら密林を進んだのだが、
矢張り逆戻りして、どうしても病院の広場に出てしまうのである。
××さんは食料も無いままに同じ道を辿り、三日三晩の間、恐ろしい魔境の密林地帯を彷徨い歩き続けていた。
「すると、あの野戦病院の広場にある幾つもの屍躰は、魔境の密林をぐるぐると巡り歩いた末に、
死に果ててしまったのだろうか ……‥」
ふとそんな考えに取り付かれると、××さんは急に気が狂う程の恐怖に襲われ、
思わず川の中に飛び込んで前線の土人小屋に逃げ帰ったと云うのである。
(佐藤有文「ミステリーゾーンを発見した」)