宮沢賢治『貝の火』
今は兎たちは、みんなみじかい茶色の着物です。
野原の草はきらきら光り、あちこちの樺の木は白い花をつけました。
実に野原はいい匂で一杯です。
子兎のホモイは、悦んでぴんぴん躍りながら申しました。
「ふん、いい匂だなあ。うまいぞ、うまいぞ、鈴蘭なんかまるでパリパリだ。」
風が来たので鈴蘭は、葉や花を互にぶっつけて、しゃりんしゃりんと鳴りました。
ホモイはもう嬉しくて、息もつかずにぴょんぴょん草の上をかけ出しました。
それからホモイは一寸立ちどまって、腕を組んでほくほくしながら、
「まるで僕は川の波の上で芸当をしているようだぞ。」と云いました。
本当にホモイは、いつか小さな流れの岸まで来て居りました。
そこには冷たい水がこぼんこぼんと音をたて、底の砂がピカピカ光っています。
ホモイは一寸頭を曲げて、
「この川を向うへ飛び越えてやろうかな。なあに訳ないさ。けれども川の向う側は、どうも草が悪いからね。」と
ひとりごとを云いました。
すると不意に流れの上の方から、
「ブルルル、ピイ、ピイ、ピイ、ピイ、ブルルル、ピイ、ピイ、ピイ、ピイ。」とけたたましい声がして、
うす黒いもじゃもじゃした鳥のような形のものが、ばたばたばたばたもがきながら、流れて参りました。
ホモイは急いで岸にかけよって、じっと待ちかまえました。
流されるのは、たしかに瘠せたひばりの子供です。ホモイはいきなり水の中に飛び込んで、
前あしでしっかりそれを捉まえました。
するとそのひばりの子供は、いよいよびっくりして、黄色なくちばしを大きくあけて、
まるでホモイのお耳もつんぼになる位鳴くのです。
(つづきは何処かのライブラリーでどうぞ)
・・・残酷で、優しく、また容赦無い、子供が読むべき童話です。