宮沢賢治『貝の火』

hanoyshang2006-03-12

 今は兎たちは、みんなみじかい茶色の着物です。


 野原の草はきらきら光り、あちこちの樺の木は白い花をつけました。


 実に野原はいい匂で一杯です。


 子兎のホモイは、悦んでぴんぴん躍りながら申しました。


「ふん、いい匂だなあ。うまいぞ、うまいぞ、鈴蘭なんかまるでパリパリだ。」


 風が来たので鈴蘭は、葉や花を互にぶっつけて、しゃりんしゃりんと鳴りました。


 ホモイはもう嬉しくて、息もつかずにぴょんぴょん草の上をかけ出しました。


 それからホモイは一寸立ちどまって、腕を組んでほくほくしながら、


「まるで僕は川の波の上で芸当をしているようだぞ。」と云いました。


 本当にホモイは、いつか小さな流れの岸まで来て居りました。


 そこには冷たい水がこぼんこぼんと音をたて、底の砂がピカピカ光っています。


 ホモイは一寸頭を曲げて、


「この川を向うへ飛び越えてやろうかな。なあに訳ないさ。けれども川の向う側は、どうも草が悪いからね。」と


ひとりごとを云いました。


 すると不意に流れの上の方から、


「ブルルル、ピイ、ピイ、ピイ、ピイ、ブルルル、ピイ、ピイ、ピイ、ピイ。」とけたたましい声がして、


うす黒いもじゃもじゃした鳥のような形のものが、ばたばたばたばたもがきながら、流れて参りました。


 ホモイは急いで岸にかけよって、じっと待ちかまえました。


 流されるのは、たしかに瘠せたひばりの子供です。ホモイはいきなり水の中に飛び込んで、


前あしでしっかりそれを捉まえました。


 するとそのひばりの子供は、いよいよびっくりして、黄色なくちばしを大きくあけて、


まるでホモイのお耳もつんぼになる位鳴くのです。


(つづきは何処かのライブラリーでどうぞ)



・・・残酷で、優しく、また容赦無い、子供が読むべき童話です。